シュタイナーについて

ルドルフ・シュタイナー(1861〜1925)

ルドルフ・シュタイナーは、1861年にオーストリア・ハンガリー帝国のクラリェヴェック(現在クロアチア領)で生まれました。父親が鉄道の電信技師だったことから、鉄道業務や電信・電気関係に強い興味を持つ様になりました。1872年、父親は息子が将来、鉄道技師になるようにと実科学校に入学させました。
実科学校に入ったことで、普通の大学への道が閉ざされたシュタイナーは、ウィーン工科大学に進みました。工科大学では、ドイツ文学の教授カール・ユリウス・シュレーアーと知り合い、親交を結ぶ様になりました。シュレーアー教授の推薦により、シュタイナーは大学在学中にゲーテ自然科学論文集の編集に携わり、同時に重い障がい(水頭症)を持った男の子の家庭教師をすることで生活費をまかないました。この仕事を通じてシュタイナーは、生理学と心理学を実践的に学んだのでした。
1893年、『自由の哲学』において、人間が独立した精神の存在であり、精神の世界の一員であるという人間観を展開し、これが「自分自身の考え方を変えると、他者の態度がこれまでとは異なって見えるだけでなく、やがてはその他者自身も実際に変わっていく」という世界観へと発展していきました。
このような人間観・世界観からゲーテアヌムのような建築や、見える言葉・見える音楽としての舞踏芸術“オイリュトミー”が生まれました。1919年秋には、自由ヴァルドルフ学校(シュタイナー学校)が開校し、20年代に入ると、医療や農業、そして治療教育の分野でも実践が始まりました。

ルドルフ・シュタイナーの考えによる学校、幼稚園、大学、病院、銀行、農場、障がい児者関連施設、老人施設は10,000ヶ所を越えて世界に広がっています。

シュタイナー治療教育について

シュタイナー治療教育では、「人間は身体と魂と精神からなる存在であり、たとえ障がいを持つこどもの場合でも、その魂と精神はけっして病気にはならない」という人間観が基本になっています。

たとえば、ピアニストが調弦されていないピアノを弾くとします。どんなに才能のあるピアニストが弾いても調子はずれの音にしかなりません。調子はずれの音の原因はピアニストにあるのではなく、楽器にあるのです。このように障がいを持つこどもは、楽器である肉体に問題を抱えているのであって、魂と精神はつねに健康なのです。

シュタイナー治療教育の創始者ルドルフ・シュタイナーは、障がいを持つこどものことを「魂の手入れを必要とするこども」と呼びました。障がいを持つこどもになぜ魂の手入れが必要なのでしょうか。

通常、外からの刺戟は感覚器官からこどもの魂を経て、自我(精神)に到達するものです。障がいを持つこどもは楽器としての身体(感覚器官)に問題があるので、外からの刺戟が魂まで届かず魂が豊かになりにくい状態にあります。

「魂の手入れをする」ためには、まず感覚器官の手入れが重要になります。
シュタイナーの感覚論では12種の感覚を扱いますが、12感覚の中でもとくに体と直接の関係にある触覚・生命感覚・運動感覚・平衡感覚を手入れすることです。さらには、音楽や水彩などの芸術体験を通して、こどもの注意力や興味を引き出すことです。このような働きかけがこどもの魂を手入れし、自我の発達を助けるのです。

シュタイナーのソーシャルセラピーとは

こども時代は、遊びと学校が生活の中で優位を占めていましたが、大人になると仕事がそれに取って代わり生活の中で優勢になります。
一般社会で人は、仕事を通して自分の能力や才能、そして世の中で何かを生み出したいという意志を発現していきます。つまり一人ひとりが、需要のある商品の製作過程を構成しています。
シュタイナー療育センター 森の工房においても、商品の生産工程を綿密に調整することで、障がいを持つ人たちが誰でも能力に応じて生産に関われる事を、仕事を通じて実感できるようにします。
ソーシャルセラピーは、「心身障がい者を社会の一員に組み入れる目的での治療」を指しますが、森の工房の職員は治療家として、自立に向けて努力する障がい者一人ひとりを支え、置かれている多様な生活状況を統合するような共同体を彼らとともに創っていくことを目指しています。